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猫のフィラリア症について

1、はじめに

近年は、猫へのフィラリア感染に関する情報を聞く機会が増えたと思いますが、フィラリアが変異して猫に感染するようになった訳ではなく、10年以上前から猫への感染報告はありました。ここ数年の猫ブームなども要因と思われますが、一部の動物病院や製薬会社等が猫へのフィラリア予防を積極的に呼びかけたこともあり、よく耳にするようになったのだと思います。

当院では現在、猫へのフィラリア予防は、猫の健康に寄与する可能性を指摘しつつも、犬に対するフィラリア予防のような積極的な予防啓発をおこなっておらず、予防の実施については、最終的に相談の上、飼い主さまに決めて頂くという一貫性のない対応となってしまっています。それは、未だに私自身が、猫フィラリア症の予防をどこまでの水準で実施すべきか決めかねている為です。

今回は、少し専門的な言い回しもありますが、猫フィラリア症について犬のそれと比較しつつ、ご自宅の猫にフィラリア予防が必要か否か、皆さまにも考えて頂けたらと思います。

2、フィラリア症とは

フィラリア症(犬糸状虫症)は、蚊が媒介昆虫となり、感染の結果、主に肺動脈と右心系に犬糸状虫が感染することで生じます。犬糸状虫は犬科動物を宿主としていますが、時々猫やフェレットや人にも感染することがあります。症状は無症状のこともありますが、咳、疲れやすい、呼吸困難、失神、血色素尿、突然死などが見られることもあります。

3、犬と猫のフィラリア症の違い

猫のフィラリア感染率は、フィラリア予防をしていない犬の5〜20%程度と言われています。また、猫は成虫寄生数も少なく、大きさも小さいと言われています。以下に犬と猫のフィラリア症の違いを示します。

第3期子虫(L3)の75%が生存
成虫になる率は高く、その数も多い
通常、ミクロフィラリアが認められる
成虫は5年程度生存
成虫の虫体は大きい
第3期子虫(L3)の1〜10%しか生存しない
成虫になる率は低く、寄生数は1〜5隻
ミクロフィラリアが認められることは少ない
成虫は2〜4年しか生存できない
成虫の虫体は小さい

第101回日本獣医循環器学会 講演資料より

※蚊の体内ではミクロフィラリアからL3幼虫にまで成長し感染します

犬では肺高血圧症が最も重要な病態ですが、猫では肺の損傷やショックが重要な病態で、呼吸困難や突然死の原因となると言われています。

4、診断

犬では、フィラリア感染から6ヶ月程度経過すると血液検査(抗原検査)で高率に検出できます。この他、血液中のミクロフィラリアを顕微鏡で検出、レントゲンや超音波検査で特徴的な画像や虫体を確認します。

一方、猫では診断が難しく、寄生数が少ないことなどにより抗原検査で検出できないことが多い他、ミクロフィラリアも認められないことが多いです。抗体という体がフィラリアに反応して作り出した物質を検出する検査もありますが、フィラリア成虫以外にも未成熟虫にも反応しますし、体がフィラリアを排除して今は感染していない猫(過去に感染があった猫)にも反応してしまうため、成虫に感染しているかを正確には判定できません。つまり、猫のフィラリアは単独の検査では診断できず、血液検査や画像検査、臨床症状を見ながら、場合によっては繰り返し検査しなければ診断することができません。

5、治療

犬では、フィラリア虫を薬や外科的手段を用いて駆除することが治療の中心となります。とはいえ、言うほど簡単なものではありません。また、寄生数が少ない場合には、通年のフィラリア症予防薬の投薬により、フィラリア虫の死滅を待つこともあります。

一方、猫では成虫の寄生数が少ないことや生存期間も短いこと、そして、薬での成虫の駆虫は死亡虫による血管の塞栓症などを引き起こす危険性が大きいため、治療の主体は症状緩和の為の対症療法が主となります。

6、予防

犬では、抗原検査やミクロフィラリア検査で陰性が確認された個体に対して、フィラリア幼虫の駆虫薬を月に1回投薬(一回の注射で予防する薬もあります)することで、ほぼ100%予防できます。

猫では、犬同様の予防方法、またはフィラリア感染と診断された時点から予防薬の投与を開始します。猫の予防では、そもそも上記の通り、感染を効率に検出する手段がないことや、予防薬投与時に副作用の危険性のあるミクロフィラリア血症になっていることがほとんどないため、検査なしで予防薬の投与を開始することが普通です。

7、最後に

平成9年に、日本-猫フィラリア予防研究会より「動物病院に来院する猫の10頭に1頭は、猫フィラリアの感染経験がある」との報告が出されました。

これは確かに猫にもフィラリアが高率に感染する可能性があることを意味しますが、あくまで抗体検査が陽性であった個体の数であり、現にフィラリアに感染している場合もあれば、過去にフィラリアに感染した時期がある(現在は感染していない)ことを示しているに過ぎないものも含んでいます。そして、現に感染している猫でも、この後フィラリアは成虫になれずに死滅したり、成虫までなれても、症状を出すことなく、数年以内に死滅するケースの方が実際に多いと思われます。つまり、フィラリアに感染し、フィラリア幼虫が排除されず成長し、さらに症状を出すケースというのは非常に少ないというのは事実ではないかと思います。

飼い主さまの努力により、犬のフィラリア感染は激減しました。今後も、フィラリア本来の宿主である犬に対して予防を継続することは、フィラリアの蔓延を防止する上で大切なことであることは間違いありません。一方で、当院の地域のように、犬のフィラリア感染でさえ少ない所で、本来の宿主ではなく、かつ通年家の中で飼われることが多くなった猫に、フィラリアが感染し、成長し、発症まで至るケースは果たしてどの程度なのでしょうか。万が一の感染症をも予防し、動物の健康の為に尽力すべきなのが獣医師なのかもしれません。しかし、予防薬も全く体に影響がないとは言い切れません。予防による猫の健康への寄与度、予防薬投与による猫のストレス等の影響度、予防しない場合のフィラリア症発症の危険度、その費用で愛猫の好物をちょっと買ってあげることによる満足度、将来の猫の治療費として貯めておくことによる猫との生活への貢献度、これらのバランスを考えて治療に臨むことも私のような一次診療動物病院の仕事なのではと思っているところです。

今後、様々な報告が出てくると思います。やはり猫のフィラリア症予防は是が非でもすべしという未来も来るかもしれません。現状、飼い主さまに判断を任せることは心苦しいですが、ともにこのトピックについて考えていただけたらと思います。

 

参考文献等

第101回日本獣医循環器学会 講演

American Heartworm Society : Current Canine Guidelines for the Prevention, Diagnosis, and Management of Heartworm Infection in Dogs (revised July 2014)

American Heartworm Society : Current Feline Guidelines for the Prevention, Diagnosis, and Management of Heartworm Infection in Cats (revised July 2014)

 

 

posted date: 2018/Apr/28 /
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